『なぜ絵版師に頼まなかったのか』

なぜ絵版師に頼まなかったのか

なぜ絵版師に頼まなかったのか

私の大好きな北森鴻さんの連作短編集です。
本の題名からお分かりのとおり、全ての短編のタイトルが、ミステリィを中心としたタイトルをいじったものになっています。
以下、リストにすると……
1.なぜ絵版師に頼まなかったのか(なぜ、エヴァンスに頼まなかったのか)
2.9枚目は多すぎる(九マイルは遠すぎる)
3.人形はなぜ生かされる(人形はなぜ殺される)
4.紅葉夢(紅楼夢
5.執事たちの沈黙(羊たちの沈黙
といった感じです。
1、2、5はすぐ分かったのですが、3は少し調べて発見し、4は全く見当が付きませんでした。
どうやら、中国の源氏物語的位置づけ(?)の古典らしいです。


時代は明治初期。
松山で頑固な曾祖父に育てられ、明治になっても髷を結っている少年葛城冬馬が、ひょんなことから帝都東京は東京大学で医学を教えている外国人ベルツ先生の給仕兼書生として雇われることになり、遭遇する謎を解いてゆく、というお話です。
冬馬の雇い主のベルツ先生というのが、なかなか良い味出していまして、女物の着物(それも打ち掛け)を部屋着として羽織り、漆塗の煮物椀で日本酒を飲む、という少し間違った方法で日本を愛しちゃってます。
もう1人、ストーリィを問答無用で引っ張っていくキャラがいるのですが、彼のアクが強すぎて他のキャラは少し霞み気味かも知れません。何しろ、会うたびに名前と職業が違うのですから。
そんな素敵な布陣で挑む謎は、「横浜で『なぜエバンスに頼まなかったのか』と言って仲間を殺し、自殺した水夫の謎」とか「新聞に載った花婿募集広告と殺人事件」とか「生き人形が街を徘徊する謎」などです。
謎を解いていくうちに、まだ出来たばかりの「少年・青年日本」の抱える問題(不平等条約改正、法整備、軍備増強)などが背後に浮かび上がってきます。
また、一連のお話の主人公・葛城冬馬は明治維新の年に生まれたのですが、彼と日本の成長する姿も重なるように書かれているようです。
最初は田舎出の普通の少年だったのに、最後には英・独・仏語ペラペラで東大医学部を卒業し、研究に打ち込んで時にはベルツ先生の代わりに教壇に立つ立派な青年になっていますから。
ぱっと見は軽くて読みやすい話なのに、背後にはなかなか重たいテーマがあるようです。